空飛ぶチラシ。

お芝居に行くと、チラシの束を貰うことになります。
多い時は、厚さ2〜3cmほどの重量のある紙の束。
人気がある公演ほど厚みがあるような気もします。
大きい劇場から小さい劇場まで様々な作品のチラシが入っています。
学生のころのように、お芝居にアンテナをピンピン張っていない今は
チラシでどんなお芝居をやるのか知るのです。
この電子化の時代に。
でも、わたしはチラシが好きです。


以前「フライヤーください。」というおしゃれ単語を発され、
「???…。フライヤー…?なにそれ?」となりましたが、
何食わぬ顔をして雰囲気でチラシを差し出したら合っていたので、
フライヤー=チラシだと知りました。ただ英語ができないだけでした。
皆川さんを猿時さんと呼ぶお客さんの話し声を聞き、最初驚きましたが
わたしもそれ以来、内心…猿時さんと呼んでいます。なんか今は腑に落ちてます。


話がそれましたが…
小さい劇団はこのチラシの束に自分のチラシを手で一枚ずつ入れるという
「折り込み」という作業があるのです。
わたしもやったことがありますが、地味で腰にくる作業です。
チラシ運ぶだけで重いのに、ずっと同じ姿勢でチラシを挟み続ける。
それを思うと、置いてなんて帰れません。


そして、素敵なチラシをつくるお芝居がある。
手触り、形、色…チラシといってもA4の紙とは限りません。
我が家にある紙ものはもしかしたら本に
パンフやチラシやチケットも負けてないのではないかと。
ファイリングまでしてるわたしはおかしいのでしょうか。
親から見たらただのゴミ。わたしには大切な思い出であり芸術であり。
ラーメンズは公演に行かないとチラシが貰えず、
そこへきてチラシがものすっご素敵なもんだから、
頑張ってチケット取ってよかったと思うのです。


そんな愛すべきチラシもそのうち無くなってしまうのだろうか…
電子書籍の中づりを見て、ふとそんなことを思いました。
電子化も便利だけど、そういうものがなくなってしまうのは悲しいと
ブログという電子化の日記の中に書くのでした。